一人前の反対論

2011/04/08
ここ最近、報道は連日、原発問題。
とても心配です・・・。 何はともあれ、原発事故そのものを解決する事が先決です・・・。 ホントは原発問題が収まって、
「今後、原発をどうする?」
という議論が出る時に、と思っていたけど・・・。 地方統一選挙も控えているし、
世界的に原発問題を考える人が増えていると思うので。 こういう事を書くと勘違いされるかもしれないから、
先に言っておくと、僕は原発推進派でもないし、反対派でもない。 どっちが良いという話ではなく、それを論じる時に必要な事。 まず最初に、原発の是非は、一般市民の生活に直結し、
国力の増減にまで関わる、とても大きな問題だという事です。 つまり原発…というより総発電量は、国力に大きく関わる輸出産業や、
それを含むその他の生産を支えるという大きな役目があり、
それら全てが国の経済に大きく関わり、
それはつまり豊かな国民生活につながる・・・ と言った、様々な所が国の国家の根本に絡んだ、非常に難しい問題であり、
ただ電力の供給というだけの問題ではないという事です。 ところで、現在の全体の発電量に対する、
原子力発電の割合はだいたい30%だそうですが、
仮に、その原発を一気に止めるとしたら・・・ 単純に計算して 、 24時間の30% = 1日7〜8 時間の電気を毎日止める? それとも全世帯の30%の家庭、
つまり3軒に1軒の電気を、永久に完全に使えなくする? 部分的に計画停電だと言っただけで大騒ぎになって、
不便だの生活できないだの言っているくらい、
豊かな生活に慣れてしまっている日本国民が、
これから先ずっと、毎日7時間停電になるのに耐えられるのか・・・。 電気が止まるって事は、 TSUTAYAで借りてきたDVD・・・見れない。
じゃ、ネット・・・・接続できない。
暇だから友達に電話・・・もできない。
じゃコンビニで買い物・・・もできない。
な〜んにもできない。 もちろん電車なんか動かないから渋谷に遊びいけないし、
もしかしたら交差点を安全に渡る事もできなくなるかもしれない。
仮に仕事場行っても、仕事できないから給料減る。 ・・・・・言ってる事が、めちゃくちゃ庶民でスミマセン。
でも、ま、だいたいこんな感じでしょ。 これが毎日・・・・・。 ムリだな。 じゃぁ、それがやなので、
30%分をみんなで頑張って節電するのか。 この30%という数字、
現実的に考えて、節電で抑えられる数値ではないでしょう。 家庭で払っている電気料金を今すぐ30%押さえようと思っても、
そう簡単ではないのは、一人暮らしの人や、
主婦のみなさんがよくわかってる事でしょう。 もちろん、動いている発電所が常に100%の力を出して、
現在の発電量を保っているわけではないだろうし、
こうも単純な計算にはならないことはもちろんです。 すんごく大まかに言ってるけど、
でも、根本はそういう事だと思うのです。 さらに国力の問題。 やっぱ “物売ってナンボの生活の豊かさ” だと思いますが、
売り物の生産ラインで電気使わない所なんてないでしょう。 さらに生産部門だけでなく、
会社全体にしても電気がなくてもやっていける所って、あるのかな・・・? 電気が止まれば、商売もストップ。
当然景気に大きな影響を及ぼす事は目に見えてます。 今の日本、景気が悪い、最悪だーと言っていますが、
電気を30%止めたら、今の景気の悪さとは比べものにならない不景気になるのは目に見えています。 さてここからが本題。 日本の原発問題以降、
日本国内はもちろん、世界中で原発反対論が増加しています。 それは、ごく普通に幸せな生活を望む人間として当然の事だと思います。 僕だって放射能は怖いし、何年、何十年後であっても、
健康に何かしら影響が出るような事は、できれば避けたい。 誰だってそうだと思う。
でもだからといって、
ただ反対反対と呪文のように唱えていても、何も変わらないのです。 それこそ 「前から言ってたんだよねー、原発は反対だって」 なんて言ってる人の何人が、
その代替案を考えていたのでしょうか。 現実的な代替案まで考えて初めて、  “一人前の反対論” であって、 ただ闇雲に「反対!! 反対!!」って言ってるのは、
小学校の学級会と何ら変わらない。 ごめん、全国の小学生。 この原発問題に限らず、
たとえば消費税をはじめとした税金問題にしてもそうですが、 何かを反対してなくした時には、
その代わりとなる物が、絶対に必要です。 消費税にしても、そりゃ誰だってできれば払いたくない。
でもそれを廃止したら、
消費税で賄われていた分の予算はどこで補うのか。 現実的に可能な代替案まで考えて初めて、
その反対論は存在価値があると思うのです。 反対し無くした物の代わりはどこから持ってくるのか。
またはそのために何を削るのか。何を我慢するのか。
対応策をとるための資金をどう準備するのか。 その他にもまだまだ考えなくてはいけない事が、山ほどある。 今回で言えば、 電気を使う快適な生活を我慢して、使用量を減らすのか
絶え間なく生産する事によって維持されていた経済を悪化させて、貧しい生活で我慢するのか。
電気の発電を他で賄うのか。それらを賄うための政策は?費用は? そういう事を考えた上での反対論を唱えなければ、意味がないと思うのです。 ただでさえ資源に乏しい日本国において、
世界的に石油・石炭が、近い将来底をつくのが目に見えていて、
さらにCO2の排出量の問題等もある中、
太陽光や風力など、クリーンエネルギーで発電できるのが、当然一番望ましい。 しかし現在の技術では、それはまだ現実的ではない。
実用化するためには、それなりの開発費用と時間がかかる。
開発までの間、電力の消費を全国民が我慢できるのか。
しかもそうして我慢し続けていたとしても、日本の狭い国土の中では、
クリーンエネルギーがが将来、原発に取って代わるほどに成長するかわからない・・・。 かつてない不況だと言われているにしても、
世界的に見たら、はるかに高水準な今の日本国内の生活レベルを保つためには、
現在の発電量を維持する事は不可欠です。 しかし一方で、技術や国土の問題、
つまり地形の特徴を含めた現在の日本では、
結局の所、現在の生活を維持するための発電量を、
原発無しに得る事は到底不可能なのです。 僕が言いたいのは、このエネルギー問題は、
ただただ闇雲に反対を唱えていれば解決される問題ではないという事です。 僕ら一般市民といえども、
確固たる知識に基づいた議論をすべき問題だと思うのです。 今の生活も維持し、でも生活の安全もキープしたいのであれば、 政治よくワカンネ とか、
原発知らない とか、 そういう事を言ってる場合ではない。 全ての国民が、原発の事(だけでなく、国家の問題全て)を根本から学び、
正しい知識に基づいた評価や反対をする。
高い知性を持たなければいけないのだと思います。 正直、放射能がヤバいって言ってる時期に、
景気はもとより、生活どうこう言ってられないのが本音です。 でもだからこそ、両方を同時に解決するという非常に難しい議論をせねばならず、
そのためには、たとえ一般国民であっても、
そう言った議論をできるだけの知識を、
みんなが持たなければいけないのだと思うのです。 震災で1人1人の小さな力が、
大きな力になっているのを、目の当たりにした。 生活を変える政治にも関心を向けよう。
何もしなければ、10年後も100年後も確実にゼロ。 でも、1人1人の小さな叫びから国は変わっていく。
そう思います。 まずは、統一地方選挙。
僕の住む東京では、都知事選です。 今からでも政治、勉強しよう。
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1 comment on "一人前の反対論"

  • yuki

    4月 10, 2011 (00:31) Reply

    素直に尊敬する
    本当にCOZEさんすごい!!

    私も国について興味持ってきた

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